大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和62年(オ)871号 判決

上告人

株式会社平安閣

右代表者代表取締役

中島信行

被上告人

田村ウタ

被上告人

藁科すみれ

右両名訴訟代理人弁護士

白井孝一

伊藤博史

阿部浩基

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(ネ)第二一一六号雇用契約上の地位確認等請求事件について、同裁判所が昭和六二年三月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人福井忠孝、同飛田秀成の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、

原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

上告理由

第一点、原判決は、上告人会社(以下「会社」という)が、昭和五五年ころから、パート従業員の雇用期間を一年とする労働契約書を取り交わすようになったが、その際、期間が経過すれば当然に雇用契約が終了することの説明はされず、被上告人らは、右期間の定めがあっても特段のことがないかぎり将来も引き続き働けるものと考えていたと認定している。

しかし、右事実認定は、採証法則に違反した法令違背及び理由不備の違法があり、これが判決に及(ママ)ぼすことは、明らかである。

すなわち、会社においては、昭和五五年までのはっきりしない雇用契約を抜本的に改めることとし、書面による雇用契約に変更され、さらに、契約内容を明確に締結し従業員の署名と同人の印を押捺させていたのである。

とすれば、当然のことながら、その契約内容である雇用期間についての説明や質疑応答があったと考えるのが経験則上当然であって、そうでなければ自ら署名、捺印することはできないはずである。

したがって、被上告人らは、契約期間が一年で、その満了により契約が終了することを十分に認識していたこと、疑いなく、これに反した認定をした原審には、理由不備及び採証法則に違反した法令違背がある。

第二点、原判決は、「本件雇用契約を期間の定めのない契約ないしその定めのない契約に転化したものと解することはできないものの、実質においては期間の定めは一応のものであって、いずれから格別の意思表示がないかぎり当然更新さるべきものとの前提のもとに、雇用契約が存続、維持されてきたものというべきである」との判断をしているが、右認定には、採証法則の違反及び審理不尽の法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち、右認定でも「………いずれかから格別の意思表示がないかぎり……」として、当然更新の例外がある場合を認めている。

そこで、この例外的な場合(格別の意思表示のある場合)に本件が該当しないかが問題となる。

本件雇用契約でこの例外的な格別の意思表示の存在を推認させる証拠として、前述した昭和五五年からの雇用契約締結方法の抜本的改正、さらに、被上告人田村について、昭和五七年五月一二日付けで、雇用期間昭和五七年五月二一日から昭和五八年五月二〇日まで、特約事項として今回の更新をもって最終とし、再度の更新はしない、その他は前年と同様の条項の労働契約書が取り交わされたこと、昭和五八年四月一六日の被上告人らに対する更新拒絶に対して、地位保全の仮処分が申請され、認容されたが、これを受けて会社が被上告人らに対してなした和解の申入れの内容を見るに、賃金、労働時間等をほぼ従来どおりとする労働契約を締結するというものに過ぎず、一年間の期間満了によって契約が終了するものであるとの認識を会社がかえたものではないことは明確である。

これを前提として和解が成立し(前記の事情から雇用期間が一年という暗黙の合意が成立していると認められる。)、会社と被上告人との間で昭和五九年六月一三日付けで、雇用期間昭和五九年六月二一日から昭和六〇年五月二〇日までとする雇用契約が締結されたのであって、期間満了後も会社が雇用を継続するであろうと、被上告人が期待することは、和解の経緯からみて合理性がないのであるから、「期間の定めが一応のものである」という認定は、全く採証法則に反したものであって、法令違背を免れないものである。

第三点、原判決には、理由不備の法令違背がある。

すなわち、原判決によると、会社と被上告人らの間に「昭和五九年六月一三日に取り交わされた労働契約書によると、」被上告人らの従事すべき業務は、被上告人田村につき衣裳並びに雑務、被上告人藁科につき包装並びに雑務、とされており、その文言上従来従事してきた衣裳、包装と全く関連性のない雑務を含むものと解することが困難であると認定している。

しかし、このように雑務の意味を限定的に解釈しなければならない理由は、存しないし、又その理由も不備である。

原判決が採用している会社から被上告人に対する和解申入れの書面によれば、会社は、被上告人らの従来の仕事が現在縮小若しくは皆無に近いので他の仕事をやっていただくことになる旨を和解に先立って提示しているのであって、従来の仕事がなくなっているという認識を被上告人らが持っていたことは右証拠から十分に推認できるものであって、「従来の仕事とは全く異なった仕事であることを窺わせるような文言はなく、」という認定は、前記書面と真っ向から反する認定であって理由の不備は、明らかである。

さらに、原判決は、「前示和解契約締結に際しても特段控訴人側からその被控訴人らの職務の内容について説明がなかったことを」一つの根拠としているが、雑務である以上当初から内容が明らかになっているとは限らないし、その都度必要な仕事をするということであるから説明をしなかっただけのことで、それをもって雑務の意義を限定的に解釈することの理由とはならず、理由の不備は免れない。

したがって、被上告人らに対して、会社が門扉の開閉や床磨き、ガラス拭き等命じたことは、労働契約に反するものではない。

また、被上告人らは、傷病後就労が可能となった昭和五九年八月あるいは昭和六〇年八月以降、原判決が認定するように、「衣裳、包装」への復帰を求めるのみであって雑務に付くことまでも許容したものではないのであって、原判決が、それにもかかわらず、「被控訴人らは債務の本旨に従った労務の提供をしており控訴人はその受領遅滞にあるということができるから、被控訴人らにおいて労務の現実の提供をしなくとも賃金請求権を失うものでない」「被控訴人らの予定された業務の範囲を超えて著しく苦痛を与えたものであるから、違法に被控訴人らの権利を侵害した不法行為に該当するものであり、」としているのは、採証法則に反した認定をしているもので法令に違背している。

以上より原判決は違法であり破棄されるべきものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例